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ジャパニーズマウンテン「マナスル」

2006年にヒマラヤ山系のマナスルという山を訪れました。世界には8000メートルを越える山が合計で14座あります。マナスルはそのひとつです。実は、このマナスルという山は、1956年に、日本隊によって、人類ではじめて登頂された山なんです。だから現地では「ジャパニーズマウンテン」とも呼ばれています。

 

このマナスルを訪れたときに、ふもとのサマという村にしばらく滞在しました。多くの村人と交流があったのですが、そのときに、驚いたことがありました。村の子どもたちに、「夢は何?」と聞いたときのことです。ほとんどの子どもは、僕の質問の意味がわかっていませんでした。子どもの多くは、学校に行っておらず、またテレビをはじめ、外からの情報を得る機会がないため、「将来の夢」という概念がわかっていなかったのです。

ヒラリーさんのように

  サマ村での村人との交流の際に、ふとエベレスト地域のことを思い出しました。

エベレスト地域は、世界ではじめてエベレストの登頂に成功されたエドモンド・ヒラリーさんが学校や診療所をつくったり、晩年には植樹をされたり、多大な貢献をされていた。
  ヒラリーさんは、シェルパのサポートがあってこそ人類ではじめてエベレストに登ることができたという深い感謝の気持ちがあり、その気持ちがこういった活動につながっていました。

日本人として恩返しを

1956年の日本隊によるマナスル登頂は、当時の日本社会に大きな希望を与えてくれました。僕は、サマ村でこのヒラリーさんの活動のエピソードを思い出して、今からでも遅くないので、日本人として、何か恩返しができないかと思いました。

 

そして「マナスル基金」を立ち上げ、「ヒマラヤに学校をつくろうプロジェクト」が始動しました。ただ、当初は様々な困難がありました。まず第一に、教育の意義について、村人の全員が同じ認識ではありません。たとえば、村人の中には、子どもを労働力と捉えている親もいます。つまり、子どもを学校にとられたくない。畑仕事、牛の放牧は誰がやるんだ、ということです。

 ただ、現地に何度も通い、ダンスパーティや意見交換を通じて、最近では、学校の意義を感じてくれる親も多くなってきました。今では、一緒になって、手作りの学校をつくっています。現段階では、寮が一棟完成しています。これから4年から5年をかけて、食堂、図書館、グランドと、立派な学校にしていきたいと思っています。

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最終更新日  2014年4月21日

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